〈武田信玄〉三年秘喪の遺言

「死を三年隠せ」「遺骸は諏訪湖に沈めよ」等の臨終の言葉は『甲陽軍鑑』が詳細に伝えるもので、文言どおりかは確認できない。ただし死が秘匿され勝頼が「信玄は隠居」と装ったこと、本葬が3年後の天正4年(1576)に恵林寺で行われたことは事実経過として裏付けられ、秘匿指示の蓋然性は高い。諏訪湖水中埋葬は実行の証拠がない伝説。

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