〈荒木久左衛門〉村重の尼崎移動後、有岡城を預かった

『信長公記』巻十二が開城時の「城守」として荒木久左衛門を記す。ただし「城代」という職名で任命された記録はなく、実態としての留守居筆頭(本ページで「城代格」と書く理由)。村重の移動を戦略的移動とみる近年の説に立てば、彼は「見捨てられた留守番」ではなく「本営移転後の支城指揮官」となり、評価も連動して変わる。

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