〈一柳直盛〉木曽川渡河の先陣と岐阜城攻めの戦功

9月1日付で家康から藤堂高虎・黒田長政・田中吉政と連名の感状が出されており、渡河・瑞龍寺山砦攻撃の戦功自体は史実と認められる。ただし池田輝政への激怒、山内一豊の仲裁、米野の一番乗り、大塚権太夫の一番槍といった細部は『一柳家記』由来の諸説。白峰旬氏(2021)は一柳家の首帳からこの戦いの実態を検討している。

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