〈阿茶局〉和子入内の「母代」を務め、従一位に

元和6年(1620年)6月、秀忠の五女・和子(東福門院)の後水尾天皇への入内に母代として随行。幕府側・朝廷側双方の記録に対応する記述がある。生母の江(崇源院)が江戸から動けない中、養育の恩と宮中儀礼への習熟を買われた起用で、この功により従一位を賜り「一位様」「神尾一位殿」と称された。

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