〈平岩親吉〉水野信元父子の誅殺役を務めた

天正4年12月(1576年1月)、武田方内通の嫌疑をかけられた家康の伯父・水野信元とその子を、信長の意を受けた家康の命により三河大樹寺で誅殺した。『寛政重修諸家譜』ほか諸書に見え、事件自体は史実と扱われる(実行者には石川数正の関与を伝える異伝もある)。主君の縁者を手にかける汚れ役をあえて引き受けた点が、「信頼ゆえの損な役回り」を象徴する。

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