〈平岩親吉〉家康が八男・仙千代を養子に与えた

慶長4年(1599年)、嗣子のない親吉を惜しんだ家康は、八男・仙千代(当時5歳)を養嗣子として預けた。『寛政重修諸家譜』などの系譜史料で確立した事実で、実子を家臣の養子に出す破格の待遇は信頼の深さを示す。仙千代は翌年6歳で病死したが、その同母弟が後の尾張藩祖・徳川義直であり、この縁が晩年の義直後見につながった。

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