〈松平忠吉〉2歳で1万石の大名になった

天正9年(1581)、東条松平家3代・松平家忠が嗣子なく病死したため、2歳の福松丸(忠吉)が名跡を継ぎ、三河東条城1万石の4代当主となった。むろん統治は家臣団による名目的なものだが、家譜類が一致して伝える確かな経歴である。

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