〈井伊直政〉検証5 武田旧臣を率いて「赤備え」を編成した
天正10〜11年(1582–83)、家康が武田旧臣を直政に付属させ、朱色で統一した「井伊の赤備え」が編成されたことは史実(117名という人数の細部は伝)。小牧・長久手の戦い(1584)が初陣で、長久手の武功も記録に残る。「井伊の赤鬼」という異名の初出・成立時期は不明確で、後世に定着した呼称である。
天正10〜11年(1582–83)、家康が武田旧臣を直政に付属させ、朱色で統一した「井伊の赤備え」が編成されたことは史実(117名という人数の細部は伝)。小牧・長久手の戦い(1584)が初陣で、長久手の武功も記録に残る。「井伊の赤鬼」という異名の初出・成立時期は不明確で、後世に定着した呼称である。