〈滝川益重〉峯城は武力では抜かれず、兵糧枯渇で開城した

力攻めで落ちなかったため、包囲を引き継いだ織田信雄は金堀衆に坑道を本丸土居の際まで掘らせて圧力をかけつつ、糧道を断つ兵糧攻めに徹した。開城の直接の原因は兵糧の枯渇であり、「武力で抜かれなかった城」として峯城の堅城ぶりと益重の統率が評価される。開城が賤ヶ岳決戦(4月20–21日)のわずか3日前だった点も重要で、峯城の抵抗は秀吉方の兵力を北伊勢に長期間拘束した。

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