〈直江信綱〉お船の再婚と兼続の直江家継承

信綱の横死で断絶しかけた直江家に、景勝の命で樋口兼続がお船の婿として入った。兼続が天正9年以降「直江」を称し与板領を継承したことは発給文書から確実。景勝側近を名門に入れることが景勝の権力強化(名跡+与板衆の掌握)につながった構図は多くの研究者が指摘する。再婚時の「兼続22歳・お船25歳」は逆算値で、お船の生年自体が確定しないため諸説。

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