〈穴山信友〉信虎娘との婚姻で御一門衆となった
信虎の二女・南松院殿を正室に迎えたことは系図・寺伝・法名から確実。ただし婚姻時期は嫡男信君の出生(1541)からの逆算で天文年間初期と推定されるにとどまる。武田庶家の多くが他姓を称する中、穴山氏は武田姓を許される特別待遇だった。
信虎の二女・南松院殿を正室に迎えたことは系図・寺伝・法名から確実。ただし婚姻時期は嫡男信君の出生(1541)からの逆算で天文年間初期と推定されるにとどまる。武田庶家の多くが他姓を称する中、穴山氏は武田姓を許される特別待遇だった。